白金温泉 銀瑛荘


■温泉の声が聞こえてくるのだ

 たとえば料理人の世界。誰もが知っている、いわゆる有名ホテルの厨房に、料理長に次ぐ腕を持つ青年がいるんだけど、どうやら本人、まるでやる気がない様子。料理に対する考え方が料理長と合わないのですな。

 経営者にしてみても、いくら腕がよくても、やる気も協調性もない人間は組織に不要。辞めておくれ。あぁ、辞めたるよ。

 ってんで、アミーゴ。小さな小さな旅館に料理長として再就職。給料は下がり、労働時間は増えたのに、権限と責任感を与えられたことに気をよくして、実力を100%発揮する仕事ぶりで周囲に大好評なのでした。

 という具合に、経営者の考え方ひとつで、働き手の頑張り様は大きく変わるものでありまして、おれのこと、もっと上手に使えばまだまだ実力を発揮できるのに、ばかだよね、この会社は。と思いながら働いている若者も少なくないと思うのです。

 温泉だって同じこと。

 もし、温泉がしゃべれたら、あーあ、ばかだねぇ、循環なんかしちゃって。そんなことしたら、どんどん成分が酸化するのに。しかも汚れを取るために砂で濾過までしちゃってさ。だいたい、今度の湯守は湯抜き清掃を週に1度しかしないから、おいら、やる気ゼロなんだけどね。って、ちょっと待てよ。塩素入れるの? マジ? そんな劇薬入れられたら、健康のための温泉が人体に悪影響を与えちまうよ。そんなのいやだよぉ。
なんて声が聞こえそうなり。

 たとえば、白金温泉。某ホテルの内湯に入ったら、劣化して湯の色が変わっていたんよ。もちろん全然あったまらないし。温泉の長嘆が聞こえたなり。 一方、今回紹介する銀瑛荘。

 新湯の注ぎ口を湯中にすることで酸化を防いでいるし、何よりも、毎朝必ず湯抜き清掃をしているので、同じ源泉を使っている白金温泉のほかのホテルとはまるで別湯。マグネシウムやカルシウムなどのミネラル成分と硫酸塩を豊富に含む濃厚な源泉(なんと、1キログラム中の成分総計は5272ミリグラム!)を極力損なうことなく使っているのです。

 あちこちにアンモナイトが据えられて遊び心が感じられる露天風呂に入り、たっぷりと汗をかいていると、温泉を生かすも殺すも人次第。温泉の良しあしを温泉街ひとくくりで語るなんざは無知なる証し。湯守の数だけ温泉があると心得ねばね。と再確認したのでありました。

 それにしても、ここ、清潔感が実に素晴らしいんよ。昭和39年に国鉄の保養所としてスタートしているので、建物の随所に歴史が感じられるんだけど、館内はぴっかぴか。建物の幸せそうな声も聞こえてきそうなり。(北海道いい旅研究室    編集長 舘浦 海豹)


朝日新聞 - 2006年12月3日